DX実現事例の紹介

DX実現事例の紹介

DXリーディングカンパニーを訪ねて 3回目

埼玉県狭山市

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無記名アンケートで職員の困りごとを炙り出し、RPA導入の糸口に!

埼玉県の南西部に位置し、都心からのアクセスも良好な狭山市は、約15万の人口を擁する近郊都市である。同市は豊かな自然に恵まれ、市域中心に流れる一級河川の入間川や、市名の由来にもなっている「狭山茶」の主産地の一つとして知られている。そんな同市がDX推進のためにRPAを導入したのは2019年のことだった。当初から市役所の全所展開を目指していたが、なかなかRPAが浸透しなかったという。それが昨年から利用部署が一気に増えた。同市のRPA推進の決め手となったアプローチとは一体どのようなものであったのだろうか?

単純な定型業務を減らし、相談窓口や市民サービスを充実したい

意外なことかもしれないが、狭山市は令和3年、4年と大幅な転入超過となっており、こうした状況は約30年ぶりのことだという。。しかも転入する世帯のうち約7割が30代以下の若い世代が占めており、「共働き子育てしやすい街ランキング2022」で埼玉県内1位(日本経済新聞調べ)と評価されている。

そんな狭山市だが、同市の職員は多くの事務作業で忙殺される毎日を送っていた。そこで職員の事務作業を可能な限り効率化し、得られた余剰時間を対面の市民相談などに回すことで、本来注力すべき市民サービスの向上を目指そうとしていたという。

「市民の皆様に本当に満足していただける市役所にするためには、職員が抱える単純な定型業務を軽減し、そのぶん市民の声に耳を傾けることで、日頃から必要なサービスを提案できるようにすることが大切だと考えていました」と語るのは、狭山市役所 企画財政部 情報政策課でDXを推進している平塚陽二氏だ。

sayamacity_01.png狭山市役所 企画財政部 情報政策課 DX推進担当 主幹 平塚陽二氏

そこで同市では事務作業の効率化を目的として、2018年当時に注目され始めていたRPAの導入を検討し始めたという。

情報政策課 DX推進担当の福田将広氏も「早稲田大学マニュフェスト研究所でのRPAセミナーに参加させて頂いたところ、つくば市の先進的な事例を紹介しており、自治体でも十分に利用できることが分かりました。それで実際につくば市にも見学に行き、その情報を所内に持ち帰って検討を始めました」と福田将広氏は当時を振り返る。

sayamacity_02.png狭山市役所 企画財政部 情報政策課 DX推進担当 主任 福田将広氏

なぜ秋田のエイデイケイ富士システムがプロポーザルで選ばれたのか?

同市は、さまざまな検討を重ね、具体的なRPAの選定に向けて動き出した。狭山市の業務にマッチしたRPAを導入するために、さまざまな事業者に広く公募を掛けたところ、十数社が手を挙げたという。その中でLGWAN環境で利用可能な、RPAテクノロジーズが提供する「BizRobo! mini(ガバメントライセンス)」を取り扱っているエイデイケイ富士システムが選出された。

福田氏は「RPA製品の選定にあたっては、単に導入して終わりでなく、いかに導入後に全所に横展開できるかという要件を前提に考えました。たとえばPCにインストールするタイプの製品だと端末に固定されてしまうので、できるだけ柔軟な構築に対応できるものにしたかったこと、またライセンス形態の認証形式もLGWAN-ASPによる端末に縛られないライセンスで、ランニングコストを抑えられる製品が要件に合致すると考えました。」と説明する。

所内でRPAを運用する場合は、本来であれば職員が自発的にロボット(プログラム)をつくれるようになるのが理想的だ。というのも、行政の業務は突発的に発生することもあるし、業務フローが変更されることもしばしばだからだ。極端な話では、条例等で定められた帳票類が変わってしまうこともある。そのため、細かい修正を現場の職員ができれば、そういった対応も迅速になる。ただし現実的には、日常業務のなかでスキルを磨くことを職員に求めるのは難しいという実情もあった。

そこでロボットの作成や細かい修正は、ベンダー側に任せることになるのだが、前出の要件を満たして、サポート体制が行き届いている点などの理由で選ばれたのがエイデイケイ富士システムだったというわけだ。実は、同社は秋田に拠点を置くITベンダーであり、地理的にいえば埼玉県の狭山市からは遠い。しかし、技術力にも定評があり、東京日野市にも豊田事業所があった。

RPA導入の進め方や内容について、エイデイケイ富士システムの担当者さんが噛み砕いて説明してくれたので、今後の展開もイメージしやすかった点も選定理由の1つです。またRPAを構築後のフォローも良かったです。実際に秋田から担当者が我々の現場に構築に来ていただいたタイミングで、軽微な修正方法なども職員側にレクチャーしていただき、スキルアップにつなげることができました」(福田氏)とサポート面での評価も高かった。

まずRPA導入ではなく、業務の困りごとを炙り出すことが大事!

狭山市は今年でRPAを導入して4年目になるが、昨年度からRPAの全所展開が広がったという。その前の3年間では計8件のロボットを導入していたが、昨年度だけで12件のロボットを新規導入した。平塚氏や福田氏が所属する企画財政部 情報政策課だけでなく、健康推進部の保険年金課やこども支援部の保育幼稚園課、青少年課などにロボットが利用されるようになり、これまで手入力だった面倒な単純作業から解放され、入力ミスを軽減できたという【図1】。

sayamacity_03.png【図1】2022年度におけるRPA導入状況。合計12件のロボットが導入され、効果を発揮

実は狭山市が、このようにRPAの全所展開に成功したのは大きな理由があった。平塚氏は「これまでは、我々がピンポイントで狙いを定めてプッシュ型で導入を進めてきたのですが、なかなか所内へ広げられなかったため、思い切って昨年から全職員に対して無記名アンケートを実施したのです」と全所展開の秘訣を語る。

ここでは「職員にRPAを使いたいですか?」と紋切型で訊ねるのではなく、ひと工夫を加えて「あなたの業務の中で、いま一番困っていることは何ですか?」と質問することにしたという。というのも、そもそも職員がRPAが何であるかを知らないこともあるので、自分ごととして感じてもらえるようにすることが重要だったからだ。また無記名という点もポイントになった。記名にすると、どうしても当たり障りのない回答しか返ってこないため、本音を把握できないからだ。

その結果として「普段から面倒だと思っていた業務」や「時間が掛かって効率化できない作業」など、職員がストレスをためていた作業が合計で200件も集まったそうだ。

平塚氏は「集まった回答を分類して、RPAを導入したとき効果的と思われる困りごとや業務をピックアップしました。さらに導入時の業務フローを作り、各部署に対して、もしRPAを導入すると、このように業務を効率化できるかもしれませんよ、という形で提案したのです。これまでのようにRPAを押し付けるのではなく、あくまで各所管に決定権を委ね、導入の判断してもらうようにしました」と説明する。

これがRPA導入の全所展開に功を奏したのだ。「いきなり明日からRPAを導入します!」 といったアプローチでは、どうしても導入側も身構えてしまう。狭山市では、この最初のアプローチが特に効いたという。これは各自治体でも大いに参考になる話だろう。

RPAを導入した業務の具体的な効果とは? 年間1700時間も削減できた例も

では、いま狭山市は具体的にどんな業務でRPAを利用し、どのような効果が得られたのであろうか? これまでの案件から代表的な4件の例をピックアップしてみよう(【図1】参照)。

たとえば、健康推進部の介護保険課では「介護保険居住サービス等利用者負担額助成金」という制度があるが、これは効果抜群だったという。助成金には狭山市独自の制度があるため、介護保険システム内に一括で行うバッチ処理がパッケージ内になく、職員が毎月2800件ほどのデータを手で入力していた。その作業をRPAで自動化したところ、年間1700時間の職員負担の軽減につながったという。

福田氏は「介護保険という特性上、年々の対象者が増えていく業務です。毎月増え続ける入力処理を自動化できたことは、非常に効果的でした。紙の打ち出しもなくなり、データ入力のケアレスミスも防げるようになりました」と語る。

また同部の保険年金課には「不当利得対象者に対する情報の入力」という作業がある。ここでは別システムから抽出したデータを定型フォーマットに直し、さらに別の管理簿(Excel)に入力などを行うため、1作業に2時間ほどの時間を要していたが、RPAの導入により30分~40分に短縮できるようになったという。

総務部の市民税課では、紙ベースの申請書をデータ化し、軽自動車の標識番号で検索できるようにすることで、各種問い合わせに迅速に対応しようとしていた。これまでは1ヵ月あたり約8001000枚の申請書のデータを手で入力しており、確認も含めて2人で対応していた。これをAI-OCRRPAによって自動化し、30時間の作業時間を1人で約10時間に短縮することに成功したそうだ。

このほかにも、福田氏の情報政策課での導入例がある。情報政策課では、被災者支援システムに住民情報を連携させ、データベースが常に最新情報になるように更新をかけていたが、毎日作業しなければならず、担当者の負担になっていた。そこでRPAを利用し、バッチ処理の実行から、システムへのファイル取り込みまでを自動化できるようにしたのだ。

職員のリテラシー向上により「課題を認識していないという課題」を解決

このように狭山市では、従来まで単純なルーチン作業に要していた多くの業務を、RPAを利用することで自動化し、その分の時間を他の仕事に当てられるようにした。導入した部署では、RPAに対する職員の評判も良くなった。その効果を近隣部署にも広げていくことで、全所展開を期待しているところだ。

とはいえ、まだ所内では今日的なテーマであるDXに関して課題がないわけでない。実は情報政策課としても「課題を出しきれていないという課題があるのではないか?」と見ているそうだ。

「たとえば、データを手入力している職員が、それを課題として捉えているかどうかということがあります。その作業を面倒に感じる人は課題だと思えるのでしょうが、その作業を最初から当たり前の業務と思っている人は、そもそも困りごととして認識していない可能性もあるのです」と平塚氏。

そこで、職員の意識を向上させるためには、デジタル教育も大切になってくる。難しいことでなく、簡単なところから第一歩を踏み込めるように、何かの「気づき」が得られる仕掛けを打っているという。

平塚氏は「まずRPAなどのITツールの便利さを理解してもらうためには、デジタイゼーションのレベルからデジタルについて知ってもらう必要があります。そこで昨年から課長職以上を対象に管理職研修を実施しています。それと同時に、デジタル行政を推進するにあたって中核を担うと思われる若手職員に対しても研修を行うことで、ボトムとトップの両面からリテラシー教育を進めているところです」と語る。

所内DXの旗振り役である情報政策課では、DXに対する意識を職員に広めながら「市民サービスの向上」に資する活動を継続的に展開するという。最近、特に注目を浴びているChatGPTに代表される生成AIの導入についても検討中だ。チャットボットによる対応や定型文書の作成など、強力なツールになりそうなので、導入時のセキュリティ面なども含めて情報を収集しているところだ。同市では今後もRPAの活用を中心に、さまざまなデジタルツールにチャレンジして、さらに自治体DXを推進していく意向だ。

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編集・監修:創生する未来編集部 執筆:井上猛雄

自治体プロフィール

自治体名

埼玉県狭山市

住所

埼玉県狭山市入間川1丁目23番5号

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